社会保障と税の一体改革
夏季オリンピック・ロンドン大会も、8月12日に17日にわたる祭典の幕が閉じられました。日本選手の奮闘に一喜一憂しながら、瞬く間に過ぎてしまいました。今大会日本は計38個のメダルを獲得し、過去最多を記録したものの、金メダルは7個とやや寂しい結果となりました。秋田市出身のバレーボールの江畑幸子選手が銅メダル、新体操団体の深瀬菜月選手が7位入賞と活躍してくれました。彼女らの健闘に、秋田市民は大いに元気付けられたものと思います。
そうした中で、8月10日に消費税率引き上げを柱とする社会保障・税一体改革関連法が参院本会議で、民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立しました。現在5%の消費税率は経済情勢が悪化しない限り、2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上げられることになりました。現在のようなあまり景気の良くない時期に、我々が買った物に対して余計な負担がさらに増す事を考えると、オリンピックの高揚感に正に水をさすようなことのように思えます。しかし、今回の負担増はいつかやらなければならないと思いながら、選挙のことを考えると増税を言えば負けると考え、決定が先延ばしにされていたもので、野田首相の「政治生命を懸ける」覚悟で臨んだからこそ成立したもので、私は高く評価したいと考えます。そこで、医療者側から見た今回の社会保障と税一体改革について、考察を加えたいと思います。(以下に述べる事は私個人の見解であり、秋田市医師会の総意ではないことを予め断っておきます。)今回の診療報酬改定と介護報酬改定は、6年に1度の同時改定であると同時に、社会保障と税の一体改革案を受けて、医療・介護サービスの将来のあるべき姿を目指した改革の第一歩と位置づけられています。一体改革では、急性期医療に医療資源を集中投入して入院医療の機能分化と連携を進めるとともに、在宅医療・介護の充実によって日常生活圏域内において、医療・介護・予防・住まいが切れ目なく、継続的かつ一体的に提供される体制、すなわち地域包括ケア体制を整備し、施設から地域へ、医療から介護への流れをつくるビジョンを描いています。小宮山厚労相は平成24年度を「在宅医療・介護あんしん2012」のスローガンの基に旗を振っています。このことは、今後の超高齢社会に耐える体制整備に時間がないとの危機感の現れです。厚労省保健局の鈴木康裕医療課長は本年3月5日の診療報酬改定説明会で、「団塊世代が70歳に迫り、地方より都会で高齢化が急速に進み、高齢化を上回る伸び率で要介護の単身高齢者が増える状況にあり、2025年には年間死亡者数が今の100万人から160万人程度まで増加し、このままでは高齢者を看取る場所がなくなると警鐘を鳴らしました。世界に類のない超高齢化が迫る状況で、何が「あんしん」に結びつくのかを財源の裏付けとセットで考えたのが、社会保障と税の一体改革であります。一体改革は単なる財政再建策ではなく社会保障の機能強化を目指しています。消費税増税と社会保障の充実を一体的に進める政府の方向は基本的には間違ったものではないと考えます。ただ、国民が社会保障の充実を目に見える形で享受できないと、なかなか納得が得られないと思われます。社会保障と税一体改革の問題点は、税も社会保険料も全部上がるということです。すなわち、今回はすべての人ですべての税目が上がるといっても良い非常にきつい税制改革と言われています。今回の税制改革では、消費税が最終的に5%上がりますが、そのうち社会保障の充実の分が1%、残りは今まで赤字国債で手当てした社会保障費を税財源で贖うとする財政再建に重点が置かれています。そのため、消費税を5%引き上げるにもかかわらず、なぜ年金の支給開始年齢の引き上げといった議論が起きるのか、国民はだまされたように感じます。野田首相は常日頃懇切丁寧に説明責任を果たすと仰っておられますので、「今回は財政再建を優先せざるを得なかった」ということを正直に説明し、国民の理解を得るよう努めるべきと考えます。
消費税は世界的に見ますと、イギリス・イタリア20%、フランスは現在19.6%ですが年内に21.2%に引き上げ予定、ドイツは2年前に16%から19%に引き上げ、スウェーデン・デンマーク・ノルウエーなどの北欧諸国はいずれも25%です。消費税が高くなると経済が停滞するとの説がありますが、北欧諸国をみるとそうなっていません。消費税は財源として安定しており、国際競争力を維持する上でも優れた税とのことです。課税後の所得の分配でみても、北欧諸国の方が日本よりはるかに高い平等を実現しています。国民生活における平等は、雇用や教育の機会や医療・年金・介護などによって大きな影響を受けます。高い税率で得られる潤沢な税収が、豊かな福祉国家の実現を可能にしています。その意味で消費増税は、社会保障政策と一体で捉えるべきものと言われています。消費増税に対するもう一つの批判は、所得の少ない世帯は食料品など生活必需品を中心に消費の割合が高く、家計に占める消費税の負担率は高所得の人より高い、いわゆる「逆進性」があることです。そのため、食料品などは増税の対象から除く軽減税率の導入が考慮されましたが、分かりやすいという点は長所ですが、消費額が多い高所得世帯ほど免れる税金も多くなるという短所があり、何を軽減税率の対象とするかの線引きも簡単ではありません。そのため政府は軽減税率ではなく、減税と現金の支給を組み合わせた「給付付き税額控除」を盛り込みました。これには個人所得の把握が必要となるため、社会保障・税の共通番号制の実施が前提となり、給付付き税額控除は、就労や子育ての支援策としてすでに欧米で実施されています。
今回成立した一体改革関連法は、「社会保障の機能強化」は十分果たされているのかについては、残念ながらさまざまな検討課題が残りました。民主党がマニフェストに掲げた「新年金制度」と「後期高齢者医療制度の廃止」は棚上げし、新設する「社会保障制度改革国民会議」で結論を出すことになりました。しかし、民自公3党は「法案成立後、近いうちに国民に信を問う」と合意しており、衆院解散・総選挙の時期や、9月の民主党代表選と自民党総裁選とも絡み、今のところ国民会議発足に至っていません。責任政党である民主党は「決められない政治」から早く脱却して、高齢者医療制度をはじめとする医療保険制度改革の先送りされた課題について、選挙後でもすぐ実質的協議に入れるような道筋をつけられるように、3党で早期に国民会議の人選に取り組んで欲しいと考えております。現在は医療や年金、介護の国庫負担を借金に頼る財政体質が限界に近づいているため、野田首相の言う「待ったなしの状況」と思われるからです。 (平成24年8月17日)
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