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<春夏秋冬>

発行日2006/09/10
平野いたみのクリニック  平野 勝介
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Quality of money
 
 自転車で近くの広場へ遊びに行くような子供の頃の感覚で、夏が近づくと晴れた休日の午前中は自転車で秋田大学手形グランドまで長距離練習に出かけるようになった。自転車の前の籠に着替えとタオルそしてスポーツドリンクを積み、好みのノースリーブシャツが心を子供に変えて、ウキウキとして交通量の少ない小道を縫って出かけて行く。
 10年以上前のいつの頃だったか、住宅地の一角に周りを低い木で囲まれて、きゅうり、トマト、ナス、かぼちゃなどおよそ私が知る夏野菜はもとより、色々な種類の植物が100坪程の敷地に無駄なく整然としてびっしり植えられているのを見つけた。夏の植物は陽光を求めて盛んに枝やツルを伸ばして葉を広げ、夏になるとそれらはひしめき合って夏がそれこそグチャッと詰まったような状態になり、いつの頃からか『夏のお庭』と勝手に呼んで、初夏から夏にそこを通る時は自転車のスピードを緩めたり、時には止めて眺めるようになった。
 子供の頃の記憶の始まりは終戦から10年経った頃で日本全体がまだ貧しく、400坪ある実家の裏庭の一角にもたくさんの野菜が植えられていた。クーラーどころか扇風機もなかった当時の夏の暑さ対策は家の中に涼しい風を通す事で、そのため家は常に空け放されていて、昼はやたら暗く見える家の中からその菜園はいつも見えていた。風鈴の音が心地よい昼寝を、ここぞと鳴き続ける蝉の声で乱され、額に脂汗を浮かべて簾越しに薄目で見る菜園の夏野菜は無秩序と思える程に生い茂り、夏の陽射しを受けて暑苦しく輝いて見えた。少し陽が傾くと家の人達が作業を始め、時には何故か隣のお婆さんまでやって来ていた。手ぬぐいで汗を拭う黒い笑顔があり、食卓には夏しか食べられない旬の野菜があって、毎年おいしかった。一度だけ農作業をしているお婆さんを見かけた。首に手ぬぐいをかけて黙々と作業している様子に20年以上前に亡くなったお婆さんの姿を思い出し、話しかけたかったが、作業に専念されていてついに出来なかった。
 この『夏のお庭』は私が育った実家の庭に通じている。テレビやプールもなかったその頃、娯楽はたまに連れて行ってもらう海水浴や林間学校そして昆虫採集。すぐ飽きるのに時々菜園で手伝う草取りなど、そして喧しいほどの蝉の声に涼しげな風鈴の音、常に何か仕事をしていた家族達。やたらクーラーの部屋に閉じこもる現在よりよほど心の豊かな時代だったと思う。
 株取引のマネーゲーム、どこかの国の経済顧問や銀行頭取。国民の健康意識を悪用する金儲け、それを臆面もなく宣伝するマスコミ。金のためなら何をしてもいいのか。
 Quality of lifeは、病に苦しむ人のみならず、健康人に対してこそ大切な言葉なのである。
 
 春夏秋冬 <Quality of money> から