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<ペンリレー>

発行日2002/02/10
中通総合病院  渡辺 新
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同窓生S氏の絶望からの生還
 
 2001年は私にとっても大変な1年であったが、中学高校と一緒だった同窓生S氏に、とんでもないことが起きてしまっていたのである。2001年1月9日からの大量下血に対して横浜のK病院で1月18日から26日までに4回の手術を行なって小腸と大腸の大部分を切除されたというのである。原疾患は2000年9月に偶然発見された慢性骨髄性白血病(以下CML)で、2000年11月から投与されたインターフェロンαによると考えられる下血が年末から徐々に増悪し、1月9日には大量下血を生じて、前記の手術後にはMRSA肺炎を合併し、やっと少し落ち着いたところで私に連絡が入ったのだった。このインターフェロンによる消化管出血は2001年5月の改訂で「下血、血便、虚血性大腸炎」が記載されるまで添付文書に明記されていなかった副作用であるが、あまりにすさまじい経過で樗然としたことを覚えている。CMLの治療には種々の経口薬剤投与が必要だが、S氏の残された小腸はわずか20cm位であり、彼は通常の経口薬剤を吸収できない体になってしまったのである。また、お腹に2つの穴(空腸痩とS状結腸痩)があいた状態では感染の危険が高く、CMLの根治療法である骨髄移植を受けることも難しくなってしまったのだが、S氏は学生時代は山岳部で生来の粘り強さを持っていて、私が2度見舞いに行った後くらいから事情はどんどん好転していった。まず、東京のK病院へ転院させたところ中心静脈栄養で水分・電解質管理も含めて全身状態は安定し、いったん退院したあと後述するグリペックの発売にあわせて2001年12月に再入院となり、グリペック開始後わずか1ヵ月で、それまで5万前後あった白血球が3200まで低下し安定したのである。グリペックはCMLの白血病細胞が持っているチロジンキナーゼ活性を特異的に阻害する画期的な抗癌剤で、正常細胞には影響しないため副作用の少ないことがこれまでの抗癌剤との大きな違いで、アメリカでの発売=2001年5月に続き、わが国でもわずか7ヵ月遅れの2001年12月認可という異例の早さで承認された。私の患者(CMLの中学生)では個人輸入で2001年7月にこの薬を入手し投与したところ著効したのだが、いかんせんグリペックは経口薬であり、腸の短いS氏が吸収可能かどうかが危ぶまれた。動物実験では胃粘膜からも吸収されるとのことで、投与したところ通常の倍量投与で著効したのだった。
 S氏の今後のCMLの経過はまだまだ予断を許さないが、グリペック継続投与により完治も期待できると思われ、これからの再生医療の進歩により近い将来、S氏の腸を少し長くすることも夢ではないと思われる。彼は背中に中心静脈栄養パックを背負いながら見事に職場復帰しているが、彼に希望を与えてくれたグリベックと同じような抗癌剤、すなわち癌細胞だけを特異的に障害する薬が各種の癌に対して続々発売されようとしており、今後の癌治療には新たな展望が拡がってきそうである。
 
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