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<ペンリレー>

発行日2022/07/10
のりこ皮ふ科  千葉 貴人
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皮膚病の名前
 
 尋常性乾癬の最新の病因は・・・治療法についての論文は・・・。
 尋常性ざ瘡の最新の病因は・・・治療法についてのエビデンスは・・・。
などど、以前は最新の病因とエビデンスに基づいた病因の説明と治療法を患者さんに提供できるように、知識のアップデートを心がけていました。しかし最近、講演などでスライド作成をしていると、ふと、一体なぜこの病名なんだろう? なぜこの名前がついたんだろう? と思いにふけることがあります。
 「高血圧」、「糖尿病」、「急性虫垂炎」、どれも読んで名の通り、血圧が高い病気、尿に糖が出る病気、虫垂の炎症、すごく分かりやすいです。ただでさえ難解で分かりにくいといわれる皮膚病名ですが、どうしてそのような病名が付いたのか、あるいは、その皮膚病に関わる豆知識を、すき間時間で調べてみたので、雑学のアップデートにご一読いただければ幸いです。

①じんま疹
 日常診療で、先生方もよく目にする皮膚疾患かと思います。定義は、「膨疹、すなわち紅斑を伴う一過性、限局性の浮腫が病的に出没する疾患で、多くは痒みを伴う」ですが、大抵、見た目で診断できる非常に分かりやすい臨床症状を示します。では、なぜじんま疹と名付けられたのでしょうか?
 漢字では、「蕁麻疹」と書きます。「蕁」の字は、訓読で「イラクサ」と読み、学名Urtica thunbergianaと表される植物です。見た目は、しその葉に似た外見を呈していますが、Urticaは、ラテン語でチクチクするの意味で、その名の通り、しそと異なり葉や茎の表面に棘があります。その棘の基部にはアセチルコリン、ギ酸やヒスタミンを含んだ液体の入った嚢があり、棘に触れその嚢が破れて皮膚につくと強い痛みが走り、血管拡張・そう痒が惹起され、じんま疹と同様の病態が出現するそうです。先人たちは、このような体験からじんま疹と名付けたのでしょう。百聞は一見に如かず、一度体験してみたいものです。

②帯状疱疹
 コロナウィルス感染症が猛威を振るい早2年、人類はそれに対抗すべくワクチンを開発しました。重症化リスクを予防する効果が認められる中、その副反応にも注目されています。’Moderna arm’や’COVID arm’ などという現象も世界共通語となる中、最近の論文報告で、コロナワクチン接種後の帯状疱疹の発症率が上昇するというようなデータも報告されています(A. Catala,C et al. British medical journal 2022)。
 その帯状疱疹ですが、卒業後、秋田で診療しているときは、患者さんが「つづらご」ができて・・・と来院されます。最初、何のことか分からず、先輩に尋ねると、これは帯状疱疹の方言と教えられ、疑問もなく診療をしていました。その後、福岡に異動し診療していると、帯状疱疹患者さんが「たづ」ができて・・・と来院されました。またまた、何のことか分からず看護師さんに尋ねると、帯状疱疹の方言と教えられます。「つづらご」「たづ」、一体その正体は何でしょうか。「つづらご」は、ヒヨドリジョウゴという植物で赤い実をつけます。
また、「たづ」は、ニワトコという植物で、やはり赤い実をつけます。どちらの植物の実もナンテンの実のようで、まさに帯状疱疹の臨床と同様に、神経領域に小水疱が集簇しているように見え、驚きました。なぜ、ナンテンという方言にはならなかったかはさておき、先人は東西問わず、身の回りにある植物からその特徴を捉え、病気の名前として伝わっているわけです。そのような歴史に思いを馳せると、最新論文から得られる喜びとはまた別の感動が得られました。

③アトピー性皮膚炎
 さて、アトピー性皮膚炎の治療も時代の流れで、生物学的製剤、低分子治療薬が登場し、完解という状態を目指せる時代になってきました。診療にあたっている医師や患者さんは、もちろんそこが重要なのですが、では現代のアレルギー病といわれるアトピー性皮膚炎は、いつ頃から存在したのでしょうか。実は、古い記録では、2000年前にローマ皇帝アウグストゥスもこの皮膚炎にかかっていたという記録があるようです。アウグストゥスは、毎年春の始めに鼻炎で悩まされ(花粉症)、いつも体中がかゆいためにいつも垢擦り器で激しく擦っていたために皮膚が厚く(苔癬化)堅くなっていたといわれていたようです。2000年経って、やっとアトピー性皮膚炎の寛解への道筋が見えてきたというのも、ある意味感慨深くなりました。

④ムラージュ
 最後は、皮膚病の名前とは関連ないですが、ムラージュについてご紹介します。皮膚科学は体表の変化を記録し診断・治療を行う学問です。皮膚科を医学生に教育する際には、皮膚の状態を克明に記述させ、診断と治療のすべを理解させることが不可欠です。現在のようなカラー写真などない時代、まれな皮膚疾患の皮疹は、絵画を用いて講義したそうですが、解像度が低く2次元の絵画では微妙な皮疹の状態は伝えきれず、皮疹のムラージュを作成し講義に使用していたそうです。
 ムラージュとはロウ細工のことで、スライドがない時代は皮膚科学の講義には欠かせないものであったそうです。
 縁あって、九州大学で勤務させていただいた当時、九大皮膚科に保存してあったムラージュの整理に携わることができました。このムラージュは、今見ても精巧にできており、学生教育にも十分に耐えうるほど巧妙に作成されているから驚いたものでした。このムラージュを直に見ることで、先達の皮膚科医の仲間入りできたような感じで感銘をうけました。旧帝大には、保存してあるようですので、寄生虫博物館に行くよりは、そちらに行ってみるのもいいかもしれません。

 以上、たわいもない方言、先人の贈り物の話をしました。卒業したては、新しいことばかりに目を向けていましたが、たまには昔のことに目を向けるのも良いのかもしれません。
 次はちば小児科アレルギークリニックの千葉剛史先生にお願いしました。よろしくお願いします。
 
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