高校の同級の高清水一善先生よりバトンを受け取りました。私たちは昭和30(1955)年生まれです。今年68回目の年=数え68歳、(誕生日が来て満67歳)を迎えることになります。ついこの間還暦の祝いの同窓会をしたばかりなのに、来年には古希の祝いの準備をしなくてはなりません。 還暦は10干12支が一回りしたという意味なので、満60歳を迎える年に行うものですが、厄年や長寿の祝いは数え年で行われることが昔からの風習です(最近は満年齢の年に行われることも多いようです)。数え年とは、生まれてから携わった年の数のことで、年が明けると1加えられるわけですが、物事の始まりは1であり、満67歳を迎える本年1月1日をもって68回目の年を経験したということになります。享年というものも同じ数え方です。ちなみに訃報で「享年○歳」の「歳」は重複で余分です。 さて、昭和30年(1955)という年は、終戦から10年を経た年で、数字的な区切りのみならず、20年代に生まれた方々とは明らかに意識の変換がみられる子供達が誕生した年であります。かつて「戦争を知らない子供達」(作詞 北山 修)という歌がありましたが、これは戦争を知らない甘っちょろい若者と揶揄されたことへの反発で生まれたもので、戦争への忌諱と、平和と自由の追求を声高らかに謳うことこそ、当時まだ首根っこを押さえつけようとしていた戦前生まれに対するささやかな抵抗であったのです。一部の若者達は、ささやかな抵抗にとどまらず、権威主義を打倒せんと共産主義へ傾倒し、学生運動につながっていったのでした。ところが昭和30年以降に生まれた若者の大多数は、学生運動への共感を急速に希薄化させていったのでした。「戦争を知らない子供達=昭和20年代生まれ」とは一線を画し、後にいう「平和ぼけ世代」の始まりでした。 昭和27(1952)年サンフランシスコ講和条約により独立を回復し、朝鮮戦争特需により、建国以来初の好景気「神武景気」(昭和29年:1954~)を迎え、昭和31年の経済白書には「もはや戦後ではない」と記載されるに至りました。日米安全保障条約(昭和35年:1960)締結の混乱の責任をとり辞職した岸信介首相の後を受けた池田勇人首相が掲げた「所得倍増計画」に後押しされ、景気はさらに高揚し、「岩戸景気」「いざなぎ景気」を経て、昭和43年(1968)年にはGNPで西ドイツを抜いて世界第二位の経済大国になりました。私たちの世代は、高度成長を享受し、極端に言えば、朝起きる度に生活がどんどん良くなっているというのを実感したものでした。昭和48年(1973)のオイルショックで、20年に及ぶ奇跡の復興物語は終わりました。(統計によると昭和33年のサラリーマンの月給平均は16,600円、昭和43年43,200円、昭和48年92,800円) オイルショックの時代、地球の資源には限りがある、石油は30年後に枯渇するといわれていました。昭和47年(1972)にはMITのデニス・メドウズによる「成長の限界」が発表され、また大気汚染による喘息や、水俣病、イタイイタイ病がマスコミで取り上げられ、省エネ、環境保護の意識が高まっていきます。最近では、その傾向が極端に増長し、気候変動にみられる地球温暖化への危惧から、ヒステリックなゼロカーボン運動が世界的に拡がっています。ヒステリックといえばLGBT、ダイバーシティ、ポリティカル・コレクトネスなども、私の年代には、なにか喉につかえるものを感じます。サステナブルな社会とは一体何を指すのでしょうか。 人間は、その時代・時代で、色々な意味で環境を改善し、成長を夢見ながら発展してきました。本能と理性の狭間で紆余曲折して現在があります。後から振り返って善悪の判断は無意味であり、それは歴史の必然であります。ところが、最近の風潮は、過去がすべて間違いであったと言わんばかりの主張がまかり通っているようにみえます。アメリカでは、移民白人はアフリカ人を奴隷としただけでなく、有色人種を侮蔑してきた上でできあがった現在の合衆国において、白人は生まれながらのレイシストであるという原罪を背負っているとし、BLM運動(騒動)が頻発しています。 これらに対し、一方で陰謀論を唱える人達もいます。戦前のコミンテルンによる日米政府中枢に対する浸食が太平洋戦争をもたらした説、戦後の知識人、財界人への共産思想の浸透(知識人ほど左傾化しやすいらしい、大金持ちは民主主義が嫌い)が結実しつつあるという説にも否定しがたいものもあります。 平和呆けで暮らしてきた私には、何やらわからなくなってきました。私たちは戦後のWGIP(war guild information program)によるマスコミと教育の言論統制に未だ支配され、「唯々戦前の日本が悪かった」という洗脳を受けて、本当に「のほほん」と暮らしてきました。しかし、最近なにやら抗しがたい風潮に支配されているような、座り心地の良くない時代になってきたと感じています。 昨年漸く孫の誕生で小躍りしたものの、この子達の未来を思うに、思っても詮なきことではあるにしても、小さいながら世界で最長の国家を維持してきた日本が、将来襲い来る波にどう抗うことができるのか、なんて「憂う」ふりをする先から酔いが回ってきたので、耳鼻科つながりで、小泉達朗先生にバトンをお渡しいたします。
追記)1955年生まれ(日本人) 昭和の怪物江川卓、新御三家(郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹)、中野浩一(世界選手権個人スプリント10連覇)、倉本昌弘(現日本プロゴルフ協会会長)、横綱千代の富士、明石家さんま、所ジョージ、烏山明(ドラゴンボール)、高橋洋一その他多士済々、ちなみにビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズも1955
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