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<ペンリレー>

発行日2021/04/10
市立秋田総合病院  大川 聡
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ザ・スミスと神経内科におけるミスマッチの持つ魅力
 
 近年、イギリスのミュージシャンを題材とした映画が話題になっています。「ボヘミアン・ラプソディ」はご存じの方も多いでしょう、偉大なロックバンド、クイーンの秘話を描き大ヒットを記録しました。「ロケットマン」、こちらも有名なエルトン・ジョンの半生を描いた作品。そして今回取り上げる「イングランド・イズ・マイン」は、1980年代イギリスを席巻した伝説のバンド“ザ・スミス”のフロントマン、スティーブン・モリッシーに焦点を当てた作品です。高校時代からこのバンドを聞き続けた30年間、正直、その魅力をうまく説明する事が出来なかったのですが、この映画を見て、バンドのみならずそれに魅せられてきた自分自身についても少しわかったような気がします。
 ザ・スミスは1982年にマンチェスターで結成されました。英国では天才が二人いる奇跡的なバンドとして、ビートルズ(ジョンとポール)、ローリング・ストーンズ(ミックとキース)などと並び挙げられることも多く、その二人がスティーブン・モリッシー(ボーカル・作詞)とジョニー・マー(ギター・作曲)です。英国圏では誰もが知る有名なバンドですが、米国での成功を目の前にわずか5年で解散したため、マスメディアが米国(ビルボード)寄りであった日本では知名度が低いのだと思います。自分がスミスを知ったのは友人の勧めで読んだロッキング・オンというUK寄りの音楽雑誌でした。既に解散していたにもかかわらず大きな特集が組まれていました。ディスコグラフィーで紹介されていたアルバム、シングルのタイトルがとても奇妙:「帽子一杯の虚無」「食肉は殺人」「野蛮主義は家庭から始まる」「校長の儀式」「女王は死んでいる」「Unhappy birthday」など、とても万人受けするとは思えないものばかり。「なんでこんなものが受けるんだろう」と興味を持ち、レンタルショップで「The world won’t listen(世界は聞かないだろう)」というコンピレーション・アルバムを借りました。その皮肉めいたタイトルから激しいUKパンクを想像していたのですが、まるっきり逆で、それまで自分が聞いたことのないジョニー・マーの流麗で美しいギターのメロディ・ラインに大きな衝撃を受けたのを覚えています。アルペジオという演奏方法なのですが、マーのギターに近いサウンドはなじみのある所でスピッツの「ロビンソン」です。(初期のスピッツは歌詞もモリッシー的でスミスに通じる所が多いとされます。)
 このマーの明るくキャッチーな曲に対し、モリッシーの歌詞は暗く(例:Heaven knows I’m miserable now 元祖ニートソングと揶揄されます)、時にブラック(例:パニックという曲は「DJを吊るし上げろ」とアジっている事から放送禁止歌に)です。このような一見捻くれた歌詞が生まれた理由は、「イングランド・イズ・マイン」を見るとよくわかります。映画はモリッシーの悩める青春時代、ジョニー・マーと出会いザ・スミスが結成される前までの話です。映画の予告編で紹介されるモリッシーは「ボーカル志望、バンド募集中、17歳無職の皮肉屋」です。暗く、内向的で人見知り、学校をドロップアウトし、なんとか就職しても毎日遅刻し仕事をさぼり詩を書くことに没頭、当然クビになりディープな引きこもりとなります。当時1980年代の英国は鉄の女サッチャーによる新自由主義の時代と言われ「弱肉強食の時代」であったようです。様々な会社が民営化され、企業と上流階級に有利な税制度が導入されたため社会での格差は広がり、街には、失業者と酒やドラッグにおぼれる若者があふれていました。「負け組の中の負け組」であったモリッシーの歌詞は当然弱者の視点に立ったもので社会主義的な思想が根底にあります。それを単に叫ぶのではなく、暗い青春時代に培った、時にブラックで皮肉めいたユーモアで詩を紡ぎ、その難解だが味わい深い歌は社会的マイノリティのみならず一般大衆にも受け入れられてきたのだと思います。
 ザ・スミスの魅力を一言で表すなら「ミスマッチの持つ魅力」だと思います。モリッシーの「暗」(深遠で暗い歌詞とお世辞でもうまいとは言えない不安定な裏声)とジョニー・マーの「明」(ポップでキャッチーな陽性のメロディと流麗で美しいギター・サウンド)。両極にあり相容れないはずのもの同士が奇跡的に融合し、他のバンドには決して出せない、「奇妙」だが「魅力的」で、「難解」なのに「わかりやすい」音楽が生み出されたのだと思います。ザ・スミスの音楽には、ロック的ロックに対するアンチとして女性的な音楽を作り「カッコいいのはカッコ悪く、カッコ悪いがカッコいい」「難解だけど美しい」という、ロック美学の反転を狙った世界観があるとされます。自分は「ユニコーン」という日本のロックバンドも好きで学生時代コピーバンドを結成していたのですが、やはり同バンドの持つ斜に構えた雰囲気・歌詞と奥田民生の心地よいメロディというミスマッチに魅せられ、そこに反ロック的ロックの美学を感じていたのだと思います。
 自分は神経内科医ですが、現在、臨床研修にも携わっています。研修医の希望を反映しローテート科を決めていくわけですが、内科の王道は消化器内科や循環器内科など他科のようです。内視鏡で癌をきれいに取り切るESDや心筋梗塞患者の生命をドラマティックに救うPCIには、研修医のみならずベテラン医師の自分でさえも憧れます。例えるなら「クイーン」や「エルトン・ジョン」です。一方、神経内科はどうでしょうか?血栓溶解/回収療法が発展はしましたが、まだまだ後遺症が残る方も多い脳卒中、様々な自己抗体が今なお発見され続ける神経免疫疾患、とっつきにくい脳波とてんかん、根本治療は無く病態が複雑な認知症や神経変性疾患・・・、スマートなカッコよさはなく、難解で、ともすれば斜に構えている感覚(全くの誤解ですが)を抱かせるのはモリッシー的とも言えそうです。しかし、どの疾患にも共通してブレイン・サイエンスという、ジョニー・マー的に美しく面白いアートが根底に流れており、そのミスマッチの持つ魅力は「ザ・スミス」に通ずると思います。「神経内科のイメージが変わりました!」と眼を輝かせる研修医の言葉に妙な懐かしさを感じる事があるのは、学生時代「スミスって本当にいいバンドだね」とCDを貸した友人に言われた時の感覚に通じていたからだ、と今になって気づきました。
 第一内科の医局で大変お世話になった米山先生から引き継がせていただいたペンリレー。次回は市立秋田総合病院の米山先生にお引き受けいただきました。よろしくお願いいたします。
 
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