5月に新規開業し、執筆時点でおおよそ半年が経過しました。日々の忙しさにもだいぶ慣れ、少しずつ開院構想当時より練っていた計画を実行したいと欲が出て来ました。 クリニック開業時にどうしても外来に設置したいアイテムとして、“水槽”というものがありました。高級ホテルや公共施設など、見た目の華やかさと癒やしのために設置されているところも多いです。実はクリニック裏には水路が通っており、広面小学校の周辺へとつながっております。ここにはザリガニやメダカなど豊富に生息しており、近づくとすぐに逃げられてしまいますが、姿はいつでも確認できます。見ているとついつい構想を実行したい衝動に駆られます。 最初に小さめの水槽を試験導入し、裏の水路からメダカを捕獲します。網を一回すくい上げるだけで10匹程度バケツの中に確保できます。ところが、野生種の弱さでしょうか。環境が変わると小一時間でどんどん弱る個体が出て来ます。泳がせておいても最初の一時間で2割程度が弱り、半日で半分ほど、24時間後には3割ほどへと優良個体が減っていきます。弱り次第速やかに水路へリリースはしますが、魚の飼育の難しさに直面します。2週間ほど元気であることを確認できたのちに、次は水草とヌマエビを投入しました。メダカとエビの共存は見ていてもかわいい動きをしていて、バックヤードで癒やされる存在となりました。 だんだん寒くもなってくるため本格的な設備が必要と考え、メダカでの練習を終えました。元の水路にリリースし、ついに待合室への水槽の設置に動き出します。スタッフに魚の種類をアンケートしてみると、みな初心者。一番の知名度は「ファインディング・ニモ」に出てくるオレンジと白と黒の縞を持つ「ニモ」でした。正式名称はカクレクマノミ。調べてみると当然のことながら海水に住む魚。水槽も海水水槽となり、ぐっと難易度が上がるとのことでした。私も魚の飼育は初心者なので、やや心が折れ始めます。出入り業者さんに秋田市内での海水水槽レンタルの会社はないかと伺っても、知っているところは撤退しましたと八方ふさがり。ここは気合いを入れて、自前で全て海水水槽を準備する覚悟を決めました。マリンアクアリウムの始まりです。 最初に行なうべきは水槽の購入。まずは大きさの検討です。待合室に置く以上、ある程度の大きさの制限が出て来ます。理想的なサイズで見積もりを取ると、150cm水槽と照明でなんと80万円とのこと。高すぎてとても手が出ません。加えて素人がきちんと維持できるかの不安もあったことからサイズを小ぶりにして45cmほどの大きさのものとしました。これにタンパク除去装置、フィルター、ヒーター、濾過装置を組み合わせ組上げました。ここでも費用節約のため自身での設置です。設置台の組み立てや水を入れる作業は重労働でした。軽く翌日筋肉痛。水槽は空の状態でも20キロ以上あるので当然でした。 次に、水槽の底に生きたバクテリアが住みついたサンゴ砂を敷き詰めて、海水を投入します。幸い院内には器具洗浄滅菌用の水道水イオン除去できる純水製造器があり、この水に人工海水の素を混ぜて水槽に投入しました。数日寝かせて落ち着かせた後に、サンゴのブロックと生体を入れ華やかさを増し、上部にLED照明を設置しました。この後、水質検査を行ないついに主役の登場です。茨島のペットショップで入荷していたカクレクマノミ4匹と、華やかさを演出するためキャメルシュリンプ5匹を水槽へと。当初は当然のことながら怯えて岩陰に隠れて出てこなかったクマノミたちも、1日経つと我が物顔で泳ぎ回り、えさを与えると水面によってくる画はスタッフにも好評でした。サンゴは水質の問題か、死滅する個体やエビに攻撃されてちぎられた個体もおりましたが、概ね共存が可能でした。 設置後の問題はメンテナンスでした。3日もすると水槽の内側にコケが生え、白い砂地には緑色のコケが繁殖し除去が非常に手間でした。ガラス面は必死に掃除を現在も行なっております。底砂の中に入り込んだコケは除去が困難を極めたため、おそうじ貝(マガキガイ)を2匹導入しました。狙いは的中し、砂に生えたコケを2日ほどで完食し、緑色や紫色がかったコケにまみれた砂はすっかりともとの白色を取り戻しました。この後はガラス面のコケ落としは人力で行なっておりますが、水の入れ替えも殆ど無く、蒸発した水分だけを毎日せっせと補給しております。 こうして苦労して設置・維持しているマリンアクアリウムですが、11月初旬の水槽設置2ヶ月経過時点で事件は起きました。前日まで元気に泳いでいたと思っていたカクレクマノミたちが、朝エサをあげるために見てみたところ全滅しておりました。これには非常にショックを受けました。何も特別変わったこともしていなかったので、予想外の出来事。どうやら、魚固有の感染症で次々と弱っていったようです。マリンアクアリウムでは起こりうる事態と言われておりましたが、実際に発生すると何ともやりきれない思いです。その他のサンゴ、エビ、貝類は元気に過ごしているため、前を向いて維持し続けております。この辺は外科医の心の持ちように似ていると感じます。手術加療の失敗を恐れず、萎縮医療をせず、起きてしまったトラブルはきちんと分析し、二度と繰り返さないように前向きに取り組む姿勢に共通しております。ちなみに私は眼科医とはマイナーな外科医と思っております。引き続き水槽環境の改善に取り組み、また魚の投入をリベンジしたいです。 ペンリレーでお話をいただいたときには、バラ色の水槽ライフをお話しできると思っておりましたが、やはり人生山あり谷あり。特に、生きものを相手にする場合には何が起こるか分かりません。医療も同様で、常に勉強を怠らず、最高の環境を整えて、最良の質を維持してまいりたいと思います。 次回は、私の研修医時代に眼科手術の世界の広さを教えていただいた、なべしま眼科クリニックの鍋島先生にお願い致します。
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