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<ペンリレー>

発行日2013/01/10
秋田回生会病院  松本 康宏
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「燃え尽き症候群」と「甘えの構造」
 
 高校時代、先輩から薦められた本があります。加藤周一さんの『羊の歌』と土居健郎さんの『「甘え」の構造』です。
先日、院内の勉強会で「燃え尽き症候群」について話をする機会がありました。
“燃え尽きる”というと “清々しい”イメージがありますが、この症候群にそのような爽快感はありません。むしろ、“ぬけ殻”のような様相を呈し、不完全燃焼ゆえの “やりきれなさ”を残しています。
では、なぜそのような「燃え尽き症候群」になるのか?またそうならないためにはどうすればよいのか?について、土居健郎さんの『「甘え」の構造』から考察してみます。
『「甘え」の構造』を私なりに解釈すると次のようになります。
まず「甘え」の心理についてですが、これは「子どもが駄々をこねる」とした意味に限定されるものではありません。例えば、面倒をみている部下に対して「これだけ目をかけているのだから、自分を慕ってくれるのは当然だろう」と考えたり、「こんなに頑張っているのだから、上司は自分のことを見てくれているに違いない」と思い込んだりすることも「甘え」に含めます。
つまり、「甘え」の心理とは“言葉にせずとも相手に期待する気持ち”のことを表わしています。
さらに、私たちはこのような気持ちを察して行動を起こすため、世間で織りなす対人関係様式を観察してみるとそこに「甘えの構造」を発見することが少なくないのです。
社会という観点からみても、契約を重視するアメリカと比べて、この構造は日本において認められやすいとされています。最近の日本人は以前と比較するとかなりストレートに自己主張をするようになりましたが、この本が出た40年程前は、あからさまな自己主張は“はしたない”と考えられ、また相手が主張しなくともその気持ちを察してあげることが要求されていました。
このように『「甘え」の構造』は、私たちの心理(気持ち)、対人関係様式、社会といったものを「甘え」の概念を通して解き明かした書物といえます。
なお著者はこの本の中で「甘え」の重要性を指摘しています。“甘えるな”という発言をよく耳にするように、私たちは「甘え」というと何となく悪いもののように考えがちですが、甘え=悪ではありません。それどころかうまく甘える能力は大切で、それを身につけていないと社会に出て困憊するのです。
例えば、ボーダーラインパーソナリティの人は“適度な甘え方ができない人”と云えますし、引きこもりの人は“他人に上手に甘えられない分、家族に対していびつな甘え方をしがちな人”とみることが可能です。
一方、「甘えの構造」がうまく機能すれば、人は対人交流の中で何ともいえない“心地よさ”を体感できます。しかし、それ故、この構造が破たんすると大きな“ダメージ”を受けやすいとも云えます。例えていうならば、気持ちよく眠っている際に、一気に毛布をはぎ取られるようなもので、そのような際に、人は狼狽し、傷つき、怒りを覚えやすいということです。
さて「燃え尽き症候群」に話を戻しますと、ご存知のようにこの症候群は医療をはじめとする対人援助職に多いとされていますが、それはどうしてでしょうか?
私は一つの理由として次のようなことを考えています。
どのような人でも病気をして苦しくなると、「優しくして欲しい」という気持ちが芽生えます。医療関係者は、それに応えるべく病人に優しく接します。そして「こちらが一生懸命尽力すれば、患者さんは良くなってくれるだろう、またご家族も喜んでくれるだろう」とした期待を抱きがちです。
ここに、単なる依存関係を超えた「甘えの構造」を見てとれます。
これまで述べてきましたように、この構造のおかげで、医療関係者は過酷な労働環境の中でも持ちこたえることができている(見方を変えれば、この構造に社会が甘えている)と云えますが、それが破たんすると、逆に大変な事態を招きます。
患者さんの病気が一向に治らなかったり、ご家族から感謝されるどころかクレームを付けられたり、最悪な場合として医療事故が生じたりすると、「甘えの構造」は吹き飛んでしまい、私たちは傷つき、場合によっては「燃え尽き症候群」に陥ってしまうのではないでしょうか。
最後に、冒頭に記した『羊の歌』についても触れておきます。この書物は、戦前、戦中における加藤氏の半生が綴られたものです。著者は、そのような混迷した時代にあっても自らと社会を一貫して鋭く“客観視”しており、その点に深く感銘を受けます。
今回の考察もいわば「自分と社会を客観視する作業」の一つです。約30年を経て、思わぬところで(やっと?)2冊の本の接点を見つけることができ少し嬉しい気分でいます。
ペンリレーなのに堅苦しい文章になってしまい恐縮ですが、以上の作業が「燃え尽き症候群」を防止するうえで何らかの役に立てれば幸いです。
次は、市立秋田総合病院の阿部正人先生にお願いしました。是非、ご期待下さい。
 
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