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<ペンリレー>

発行日2001/07/10
みなみ整形外科クリニック  三浦 由太
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日中戦争と原発事故
 
 昨年、『日中戦争とはなにか』(熊谷印刷出版部)という本を出版しました。
 読者の一人が、今回の原発事故を見て、「日中戦争も原発も同じですね」と言いました。つまり、日中戦争も、最初は一撃すれば中国は引っ込むという気楽なつもりで始めた。ところが、予想に反して中国が抵抗を続けると、どこまで行ってもやめられない。はじめたことを中止する決断がつかないのは日中戦争も原発も同じだというのです。
 福島の事故も、当初はこれほど深刻な事態になるとは思わず、事故収束後運転再開するつもりで対応した。水素爆発が起こってから放水を始めたが、放射能漏れがあるので近づけず、後手後手にまわることになった。あとで高性能の放水車を少しずつ出すよりも、放射能漏れが起こる前に全力をそそぐべきだったでしょう。当初事態を軽視し、小出しに小出しに小手先の対応を重ねて惨敗するのはガダルカナル戦を思わせる経過です。
 はじめたことを途中でやめようという人がいると、これまでの努力を水の泡にすることという猛反対が起こる。日中戦争の場合は、斎藤隆夫という衆議院議員が支那事変に反対した。支那事変は、勝ったところで賠償金など取れる見込みがない。いったい何のための戦争なのか?いたずらに国民に犠牲を強いているだけではないか、十万人の戦死者と莫大な戦費負担に見合う事変処理の方策があるのか、と質問演説をした。彼は衆議院議員を除名された。
 国全体としてみれば損なことが、ある組織には利益になるという構図も似ている。電力会社は独占企業ですから、どんな料金設定をしても消費者は言い値で買うしかない。事故が起こって莫大な賠償金支払いが必要になっても料金に上乗せできる。高速増殖炉もんじゅなんて建設に莫大な資金がかかったのに、事故が相次いで現在までほとんど発電できず、維持のために電力を消費しているだけですが、原発関連団体にとってはもうけ口なのです。 日中戦争は莫大な戦費を必要とし、満州事変以前国家予算の13%程度だった軍事費は日華事変開始後35~54%、太平洋戦争開始後は58~70%にまでなった。ところが、これが軍部には莫大な利益となった。戦争がない時代には、軍部にたいする「無駄飯食い」という風当たりも強く、どうしても将校の数は余りがちであり、予備役編入も早まりがちだった。ワシントン会議などがあって、軍縮によってポストが減れば人事の閉塞状況はいっそう強化された。そのため昇進が遅れ、昇進が遅れれば昇給もなかった。しかも、階級が低いほど定年も早かったので、出世が遅ければ薄給のうちに退職しなければならず、退職後の恩給も十分ではなかった。それが関東軍をしのぐ85万という兵力の支那派遣軍ができたら、予備役将校もどんどん現役復帰し、戦争で手柄を立てる機会が増えたから昇進も早まり、領収書の要らない機密費も使い放題、中国戦線の連戦連勝で世間の賞賛も高まった。国益よりも省益重視の軍部が国を破滅させたのです。
 中国から撤退するかしないかの問題は大日本主義と小日本主義という「国のありかた」の問題であり、それは明治期からずっと議論されていた。大日本主義とは松岡洋右の満蒙=生命線論が代表ですが、資源の乏しい日本が世界に存立していくには植民地を拡大して日本の支配地域を拡大しなくてはならないという主張であり、小日本主義とは石橋湛山の満蒙放棄論が代表ですが、資源の乏しい日本が世界に存立していくには平和と友好が大切であり、国際紛争の元になるばかりで日本に実質的利益をもたらさない植民地は放棄したほうがいいという主張です。今日の目で見れば、大日本主義が国を破滅させたことは明らかで、戦後、満蒙、朝鮮、台湾を捨てたおかげで、身軽になった日本の発展が得られた。大日本主義の論者の、日本は植民地なしにはやっていけないという主張のほうが間違っていて、小日本主義の論者の、植民地を持っていたほうが日本の損になるという主張のほうが正しかった。日露戦争の時点で満蒙の権益は国際管理とするのでもよかったでしょう。ロシアが得た租借の期限の切れる1920~30年代に中国に返還してもよかったでしょう。満州事変の時点で返還してもよかったでしょう。盧溝橋事件の時点で全面撤退してもよかったでしょう。日米交渉は撤退の最後のチャンスだった。とにかく日本全土が焼け野原になる前に中国からの撤退を決断すればよかったのです。
 原発推進論と反原発論も国のエネルギー政策の根本にかかわる議論です。原発は安上がりで、資源のない日本がどうしても採用せざるを得ないエネルギーだというのが推進派の主張でしたが、今回の莫大な賠償金額や、未解決の使用済み核燃料処理問題を考えれば、コストに合わない事業であることは明らかです。今回、総理大臣が原発推進政策を白紙に戻すと言い出しましたが、案の定猛反対が巻き起こりそうです。かつての日本は、日本全土が焼け野原になるまで中国からの撤退を決断できませんでした。拙著の結論は、「日本人がふたたび愚かな戦争による惨禍をこうむらないためには、国民が全体として賢くなるしかない」ということでした。日本全土が放射能汚染されるまで原発中止を決断できないようだったら、この国は日本全土を焼け野原にするまで戦争をやめられなかった昔からちっとも進歩していないことを証明することになるのでしょう。
 次回は御所野整形外科の黒田 利樹先生にお願いしました。
 
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