何か書くネタはないものかと、子供たちの書棚を覗いてみた。中2の息子「月刊野球小僧」、小6の娘「犬のきもち」、小2の息子「かいけつゾロリシリーズ」、う~ん、親の教育の賜とは云え、アカデミックな薫りがない。ふと、自分の書棚をみると、「愛の流刑地」……、自然の流れである。 ほとんど変化のない生活のなかで、一昨年の暮れに、娘のたっての希望で犬を飼い始めました。それまで、生き物はいつか死んでしまうというあたり前の事実の前で、飼うことを躊躇ってきました。子供たちが死というものを意識しない生活をしてきたと思います。 40年前、引越しの際、近くの4つ年上のYちゃんが、伝書バトをくれました。引っ越し先から手紙を伝書バトにつけて、飛ばして寄こせとのことでした。でも、すぐには放さないで、新しい巣を覚えるまで、少し待ってからだよ、と教えられました。父親に小屋を作ってもらいました。2週間くらい経った頃でした。学校から帰ると、ハトが居なくなっていました。夕方になり、近くのおばあさんがハトを抱えて家に来ました。飼っている猫がくわえてきたとのことでした。まだ生きていて、ちょっと見た感じではわかりませんでしたが、おなかの部分が食いちぎられていてありませんでした。水をあげると飲んでくれましたが、水は食道からそのまま床に落ちていきました。そしてゆっくりと目を閉じました。不思議なくらい静かな光景でした。妙な所有欲など持たず、早く放してあげれば良かったのです。ハトにも、Yちゃんにも申し訳なく、強力なパチンコを購入し、弓矢を作り、報復すべく練習をしていましたが、父親に「あの家の人にとっては大事な猫なのだよ、小屋の作り方が悪くてごめんな」と云われ、あきらめました。 その半年後、捨てられていた犬を3匹拾ってきました。雄が1匹、雌が2匹でした。雄は目が青白い感じで弱々しく、オチンチンがまっかっかでした。他の2匹が母親のオッパイと思って一所懸命吸っていたからです。ミルクをあげてもあまり飲みませんでした。2日後の朝、ちっちゃく白くなっていました。やはり静かな光景でした。その後、1匹は近くの道路工事に来ていたおじさんがもらってくれました。もう1匹は管理が良くなかったのか、長生きではありませんでしたが、7年ほど生きてくれました。 現在飼っている2匹の犬は、娘が本やインターネットで調べて、厳重な管理をしていますので、幸か不幸か、10年以上は生きると思われます。その頃、娘は家を出ている可能性が高いので、彼らを看取るのは私と妻ということになりそうです。 次回は、秋田赤十字病院の勝田光明先生にお願いしました。
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