テレビで「なまり亭」という番組を見た。地方出身のタレントの対抗戦で、同時通訳および故郷の親しい人と電話での会話をおこない、訛ってしまった数の多いほうが負ける、というものである。その時は大仙市出身の柳葉敏郎が秋田弁を炸裂させていた。シャベレバシャベッタデ、シャベナッテシャベラレルシ、シャベネバシャベネデ、シャベレッテシャベラレル…。わかる、わかる。画面には字幕が出ているのだが、そこにはそれを必要としない自分がいた。 大学から秋田だったのに秋田弁についてはあまり勉強しなかった。新潟から秋田という田舎から田舎への移動だから、言葉も大差ないのだろうと思われるかもしれない。確かに、新潟弁も標準語からするとかなり訛ってはいるが、どちらかというと埼玉あたりに近いのである。だから、秋田弁はよくわからなかったのだが、学生時代は覚える必要性を感じなかった。それが入局して地方の病院に行くと患者さんの言っていることがわからず、ナースには失笑され、患者さんからは信用されないという事態に直面し、これはマジに勉強しないといけないと思い立った。 で、私の秋田弁修行が始まった。病棟ではナースから矢継ぎ早に問題が出される。まず初級は人体の各部位の名称を覚えること。8割できないと不合格である。 「ヘバ、ナズキは?」 額。相撲の中継で清国がナズキツケネバダミダって言ってたもんね。 「じゃ、ウシロガッケ?」 後頭部。でもガッケは崖なのかな?絶壁とは言うよな。 「次はノドゴボ?」 後頚部。これはこのあいだS副婦長に教えてもらった。ラッキー。 「マナグ?」 眼球。そして例文はマナグサヒャテモイテグネだ。完壁! 「では有名な問題です。へから始まる部位を三つあげよ。」 まず、ヘソ。でもこれは秋田弁ではないな。わかった!ヘナカ。でも取り敢えず二つゲッ ト。ヘッド。これは姑息だな。う一ん、わからん。ヘッピリ腰。 「ブー。答えはヘジャカブです」 膝か。奥が深いな。でもぎりぎり合格だ。それから中級になると主訴の部になる。ウルウルだの、ブラブラだの、マグマグデーだの、イタイとヤメルの違いだの、等など。憶えなくてはいけないことは膨大である。 この中級を卒業した頃、県南のある病院で私は運命的な出会いをすることになる。その人は私の秋田弁の師匠であるR先生だ。噂によると先生は秋田弁でCMのナレーションもしたことがあるという。そこでR先生の回診を見学して実戦編を勉強することにした。 R先生「ハラヘッタベ。デモコレヤッテレバ、ママクウノトシトツダカラナ。」ママクウノトシトツはIVHをやってるから、ご飯を食べるのと一緒ということですね。 R先生「ンダ」 患者Aさん「ンダスカ。デモイツニナレバ、ゴハンデルンダスカ?」 R先生「スンマヨ。スグニカレルヨウニナルデ。」 患者Bさん「ワカッタス」 いやにすんなり行ますね。お見事!秋田弁で答えれば曖昧でもOKなんですね。 R先生「ンダ。」 R先生「Bサン、ナンタダ?」 患者Bさん「ナンモダス。」 R先生「オヤ。モウ、イテクモキャクモネッテカ?ソッタニハヤグナオッテシマエバ、オイガタカマキャスデ。」 患者Bさん「ソッタコト。」 カマキャス?未出単語ですね。でも和んでるな。ナースも笑ってる。え?破産することなんですか? R先生「ンダ」 患者Cさん「センセ。コブライテステコマッタ。」 R先生「ワカッタ。ヘバ、シップヲダスカラナ」 患者Cさん「ソウシテケレ」 えっ。コブラがいて困る?幻覚でしょうか?布団の中に手を入れて、ふくらはぎあたりを触っていますよ。噛まれたってことでしょうか? R先生「ンデネ」 コブラはふくらはぎか。初級に逆戻りだな。 R先生「Dさん、ココイテグネカ?」 患者Dさん「イテカラ、チョスナー。」 R先生「チョサネバドゴイテカワカラネベ。」 チョス?血を吸う?つまり、採血ですか? R先生「ンデネ。」 R先生「Eサン、ナンモダナ?」 患者Eさん「ナンモダドモ…」 おっ、いきなり高度なやり取りですね。 患者Eさん「フケサメアッテ」 R先生「ソンタモンダ」 フケサメ?深鮫?なんだか今日はやけに動物が出てくるな。
こんな回診を2ヶ月続けると、外来でも患者さんたちと秋田弁で和んで話せるようになるものだ。県外出身の若い先生方も、いい秋田弁の師匠を見つけて、修行をして下さい。 秋田独特のインフォームドコンセントが得られるようになると思います。 次は大学時代に私の秋田弁の通訳をしてもらっていた秋田組合総合病院消化器科の星野孝男先生にお願いしたいと思います。
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