湊裕子先生よりバトンを頂き、さてどうペンを走らせようかと思案しているうちに締め切りの日になってしまった。ペンを走らせる、といっても今はワープロを打つ時代である。 学生時代に所属していた秋田大学陸上競技部には年1回発行される「up(アップ)」という部誌があった。一年の反省、その年にあったこと、感じたこと、内容は自由だった。昭和62~63年頃の「up」は、まだほとんどが手書きであり、わら半紙にガリ版刷りだった。当時、親父が使っていたNEC8801とドットプリンターをかっぱらってきてupの原稿を作った。その時、「これからは文章を書くと言わなくなる時代がくるかもしれない。文章を打つと言う時代が来るだろう」と書いた、いや打った記憶がある。そのNEC8801はワープロ機能と言うにはほど遠く、漢字の変換は一文字ずつ音読み入力して変換するやつだった。記号や変換されない漢字などは分厚いコード表で調べてコード入力していた。 大学4年の時に、親父に無理言って買ってもらったのがエプソン386Vだった。当時発売されたばかりの32bitパソコン(20kHz)ということで本体定価が50万円、外付けハードディスクは20MBで20万円もした。親父には出世払いでと言ったが、まだ払っていない。 こいつには卒業するまでいろいろと世話になった。レポートも国試の勉強のまとめも公衆衛生実習の統計もこいつにみんなやってもらった。 卒業してから買った(いや、かみさんに買ってもらった)のが、Macのノート型パソコン180Cだった。学会のスライド作りやカンファランス資料作りに活躍してくれた。自分の給料でやっと買ったのがMacのPerforma5320だった。この頃のMacは言うことをきかなくて、よく爆弾マークが出現したりフリーズしてくれた。 現在、電子カルテと画像のサーバー、端末など16台のパソコンが稼働している。今のパソコンはスピード(Pentium4 2.8MHz)もハードディスクの容量(画像サーバーは1テラバイト=1000GB)もけた違いで、快適に診療させてもらっている。10年後はどんな時代になっているのだろう。カルテも書く時代から打つ時代へ、そしてしゃべる時代になるのかもしれない。「あの患者さんのカルテしゃべり終わったから会計へ転送して」 そんな時代は遠くないような気がする。
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